推定力

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日記を書くときに必要な要素には、どういうものがあるのだろうか?

必要な構成要素を細分化し、羅列すれば何が必要で何が重要かを推定することができるかもしれない。

あるいは、今まで見えなかった何かが見えてくるかもしない。

というわけで、そうしたいわゆるアイテムを並べ、多分こうだろう、こうしたほうがうまく行くだろうという結論へ繋げてみよう。

こうした結果というかオチも、日記を書くときには、必要な要素だからね。(笑)

このような能力というのは、仕事をこなすうえでも十分に役に立つはず。

 

 

20120616guess.jpg

 


このような作業は別の言い方をすると「雑務能力」ということになるのかもしれない。

だが雑務能力をバカにしてはいけない。

仕事のできる人というのは、えてしてこういう能力に長けているケースが多いのだ。

雑無能力と言うと、そういうのって「秘書の仕事」じゃないのか?と思われるかもしれない。

だが、そういう秘書の仕事内容を吟味し、秘書が行う事柄の取捨選択や時間配分などのバランスをチェックし、次のステップへ進めるためには、やはり、ボスの決定が必要になるのだ。

 


たとえばミーティングを行う場合には、場所の設定、予約、資料の用意、案内の作成と配布、郵送、手配、確認などのさまざまな要素がある。

その按配や出来具合は、最終的にボスが調査し、推定しながら、最終的にそれでよいのかどうかを見通すチカラに依存することになる。

だがこうした能力は、日記を書くときにも大いに役立つはずだ。

 


たとえば音楽DVDのアルバム解説を書く場合、まずはDVD全編をすべて試聴し、どこが自分にとって魅力だったかを特定する必要があるわけだ。

使われているメインの楽器についての説明はあったほうがいいだろう。

また楽器の特性についても触れることができれば、よりその魅力について深く伝えることができるわけだ。

そのためにはその楽器のことを、よく知っている必要がある。

 

アレンジを勉強したことがある人なら、その楽器の音域や、可能なフレージングなどについても知っているはずだから、そうした点について触れることができるはず。

そして、主役となるアーティストだけではなく、サポートをするミュージシャンやゲストが、過去にどういう経歴を持ち、どんなアルバムを出しているかなどといった点について触れようとするなら、あらからじめそうしたCDあるいはDVDを聴いておく必要があるわけだ。

あるいは、資料を調べておく。

 


だがそうして集めた資料をただ並べるだけなら、誰にでもできるだろう。

だが、それだけだと、面白い日記にはならない。

その日記が面白くなるかどうかは、DVDを見て自分がどう感じたのかに、かかっているはず。

 

それを伝えるためには、資料をどう使い、どの程度記述すればいいのかを決めるプロセスに委ねられることになる。

つまりここの匙加減をどのようにするかによって、クドいものになったり、物足りなくて面白くなくなったり、通り一遍で個性のないものになったりするわけだ。

どの程度のものなら、それを読んだり話を聴いたりした人が、面白いと思うのか。

興味を抱く理由をフィードバックし、自らそうした体験を日頃から積み重ねている人なら、そうした按配を決めることは造作もないはず。

 


だがそうした体験もない、いいかえればデータベース化された情報を自分で持っていなければ、そうした匙加減をどうすればよいかはわからないことになってしまう。

そのあげく的外れなものになったり、あるいはギャンブル的な成功確率に賭けるハメになってしまうだろう。

自分がウチに持っている感覚的な部分を、客観的に表現するために必要な資料をどのように配置し、どの程度の分量があればいいのかということは、優れたサンプルを分析することで、ある程度ノウハウを知ることができるだろう。

 

本が売れる理由というのは、「こうした部分」を知りたいというニーズがとても強いからなのだと思う。

というわけで、エンディングを決めるには、読者の推定力を上回ることのできる推定力が、ある程度必要になるというわけだ。(笑)

 

 

 

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