今夜のナスダックは休場

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マーチンルーサーキングJR誕生日で祝日のため休場

   

世界中を巻き込んだ第二次世界大戦が終わっても 、南部の州のほとんどが人種隔離制度を頑なに守り続けていた。

マーティン・ルーサー・キング・Jr. 牧師としてキリストの愛の精神を信じる彼は 肌の色が違うというだけでいわれなき差別に苦しむ同胞のため立ち上がり、アメリカ社会に巣食う不正義に対して 非暴力で抵抗することを貫いた。

  

その姿はアメリカの良心を呼び覚まし 公民権法成立に大きな影響を与えた。

警察の妨害、白人至上主義者によるテロなどの危険に 身をさらし続けた彼は、39歳という若さで暗殺されてしまう。

  

だが、彼のスピーチ「I Have a Dream」(私には夢がある)は有名な言葉として語り継がれている。

1964年のノーベル平和賞受賞者。

  

キングの栄誉を称え、ロナルド・レーガン政権下の1986年から、キングの誕生日(1月15日)に近い毎年1月第3月曜日を「マーティン・ルーサー・キング、ジュニア・デー」(Martin Luther King, Jr. Day)として祝日としている。

マーティン・ルーサー・キング・Jr.が蒔いた種は多くの人々によって育てられ、今日、アメリカ建国の精神である自由・平等、そして平和の支柱となっている。

    

このキング牧師の誕生日が国民の祝日になったいきさつは、簡単ではなかったようだ。

彼が暗殺された1968年以降、国民の祝日にするという構想は継続していた。

 

1970年代後半から、著名人が積極的に動き、1983年レーガン大統領がその法案に署名、そしてその3年後、1986年1月第3週から祝日になったという。

だが、祝日に賛同しない州もあって、アメリカ全50州の足並みが揃ったのが、2000年になってから。

  

1968年から1983年11月2日の大統領署名まで15年の歳月がかかったわけだ。

その理由は、一民間人の誕生日を国民の祝日にすることへの抵抗だ。

 

国民の祝日が1日増えると、その1日分の国家公務員への給与の支払いが莫大なものになる。

こうした理由からレーガン大統領は当初、署名に反対したのだが、議会が賛成したため、祝日になったというわけだ。

 

日本には、一民間人の誕生日が祝日という日はない。

誕生日が国民の祝日は天皇陛下だけ。

  

  

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