切磋琢磨

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セミナーやネットエイドは、結果記録や整理に費やされる時間と労力のため、他にも違った種類の仕事を持つ身には、若くない肉体とあいまって、かなりの負荷となっている。

一方で、頭の中はいわゆる研ぎ澄まされた、独特の高揚感に満ちあふれた時間を過ごすためだろうか、ちょっとハイな精神状態を味わうことになるわけだ。

これは普通の仕事にはない、ちょっと不思議な感覚だといっていいだろう。

 

トレーダー や、そこを目指して輝いている人たちには、ある共通した点があると思う。

毎日マーケットで勝ち負けを繰り返しながら、トータルで勝ち抜くという、ある意味で の修羅場を体験しているからだろうか、よく磨き込まれた石のような風情を感じることがある。

一方組織に属するいわゆる「エリートサラリーマン」も難しい入社試験を通っているのだろうから、彼らも本来は選りすぐられた石なのだ。

 

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だがその光り方は、時間と共に微妙 に低下してゆく事が多い。

組織の中での勝ち組というのは、クオリティーの勝負だけで勝ち抜いてきたわけではない。

卒業した大学名、入社面接の印象、上司の引き、相対的な人間関係などが複雑に絡み合うからだ。


 

組織では、弁護士、役人、医者と同じように、真の実力や資格を試すための厳しい試練を受けることは、二度とないのが普通だ。

つまり、一度そこでのランクと評価を得られれば、経済的には一生保障される構造の中で生活をすることになる。

そうしたシステムのもとでは、優秀だった人間の真のポテンシャルが時間の経過と共に下降線を辿るようになるのは、仕方ないことではないだろうか。

 

元来、磨き続ければ光る素質に恵まれているわけだから、適切なタイミングで切磋琢磨の機会に巡り会うことができれば、必ずや良い仕事ができるはずなのにだ。

だがそうした人材も、こうしたシステムの下では十分な能力を発揮することができず、まじめに働くだけでは、だんだんとその光が失われてゆく宿命を背負っている。

安定を約束され、人間関係をうまく泳ぎながらポジションを上り詰めるという生活では、誰だってユルんでしまうだろう。

 


組織というのは、本来優秀な能力を持っている人間を、このようなヤバい状態へ変えてしまう、罪作りな一面も持ち合わせている。

ヒトが真の能力を発揮し続けるためには、持って生まれた才能もさることながら、その才能を発揮し続けなければ生きてゆけない「必然性」のようなものに 直面していなければならない。

組織力とは無縁のトレードという仕事は、構造的にこうした部分を見失うことがない、という点こそが大きな魅力なのだと思う。

 

なぜなら「必死さ」という部分が抜け落ちると、失われてゆくものが厳然として存在することを、マーケットを通じ身をもって体感しているからだ。

だからこそ、こうした恵まれた特性を与えられているトレーダーは、これをうまく 利用し、バランスを取るメリットを生かすことを考えるべきだと思う。

 

どんな仕事でもそうだが、緩いままでチョロく稼げるようにな ると、堕落し、腕は確実に落ちてゆく。

ネットエイドを続けている理由は、本能的にこうした部分を研ぎ澄ませたいという、内なる声によるものなのかもしれない。

 

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